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*****令和2年7月24日(金・祝)第118号*****

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厚労省の「読み違い」から、見えてきたもの
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◇─[はじめに]─────────

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、介護報酬改定のための議論の場=介護給付費分科会が、中断状態だったものが再開され、6月下旬から急ピッチで議論が進んでいます。本来はサービス種別ごとの「点数付け」の内容が、議題の中心なのですが……。

 厚労省にとっては「想定外」と思われる内容=「通所系で、提供した時間の区分に対応した、報酬区分の2区分上位の報酬区分を算定する取扱いを可能とする」等と通達した、いわゆる「特例措置」に対する厳しい意見=が、事務局(厚労省)に突きつけられています。

 この「特例措置の撤回」を求めて「認知症の人と家族の会」は、加藤勝信厚労大臣に「緊急要請」を提出し、その内容を広く周知するために動画を作成し、YouTubeにアップしています。

 結果から言えば「家族の会」の主張は極めて真っ当で、介護給付費分科会の出席者の中にも同調する委員がおり、厚労省は「撤回」に向けて徐々に追い込まれています。それにしても厚労省はなぜ、このような「特例措置」を考え出したのでしょうか?

 当初は「サービス利用者も含め、関係者の皆さんには、賛同してもらえるはずだ」との読みがあったはずです。では何を「読み違えた」のでしょうか? 弊紙では今回、この厚労省の「読み違い」に注目し、このことから見えてくる事柄を考察してみたいと思います。

 それは今後、介護報酬改定の議論が深まってきた段階で、何らかの影響を及ぼすのではないかと、弊紙では推測しています。

 日本介護新聞発行人

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「電話相談」から始まり「撤回を求める」要請へ進展する
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 今回の「特例措置の撤回要求」を、時系列で整理すると次のようになります。

 ▼6月1日=厚労省が「通所系サービス事業所で、提供した時間の区分に対応した、報酬区分の2区分上位の報酬区分算定を可能とする」等と通達する。「実質的な報酬アップ」の特例措置として、注目を集める。

 ▼6月15日=厚労省が、今回の特例措置の運用方法等について「Q&A」を通達する。

 ▼6月25日=特例措置が通達された後の、最初に開催された介護給付費分科会で、委員でもある家族の会・鎌田松代事務局長が「この特例措置をめぐる混乱を、国はご存じなのか?」と質問したところ、厚労省は「現状は把握しております」と返答する。

 ▼6月29日=家族の会・鈴木森夫代表理事が、加藤勝信厚労大臣に「新型コロナウイルス感染症に係る介護報酬の特例措置によるサービス利用者への負担押し付けの撤回を求める緊急要請」を提出する。同日、YouTubeに動画もアップする。

認知症の人と家族の会・緊急提言 また、家族の会が提出した「緊急要請」と、YouTubeにアップした動画=画像・右が鈴木代表、左が鎌田事務局長=で主張している要点は、次のようになります。

 ◆この(特例)通知の取り扱いをめぐり、利用者や介護の現場から戸惑いや怒りの声が多く上がっている。具体的には、家族の会の電話相談に「3時間しか利用していないのに、5時間の利用料を払わなければならないのは納得できない」等との抗議が寄せられている。

 ◆コロナ禍で大変な中、利用者の安全や健康を守るためにがんばって事業継続して頂いている事業所には、感謝の気持ちでいっぱいだ。だからといって利用者にその感謝の代償として、実際には利用していないサービスの分まで負担しろというのは、あまりにも理不尽だ。

 ◆特例措置の実施によって、介護保険の区分支給限度額を超えてしまえば、その分は全額自己負担となってしまう。到底、道理に合わないやり方であり、同意した利用者だけが負担増となり、同意しない利用者は負担しない、との不公平が生じる。

 ◆今回、介護事業所が運営上大きな困難に直面せざるを得なかったのは、ひとえに新型コロナウイルス感染症の蔓延によるものであり、事業所の責任でも、利用者・家族の責任でもない。

 ◆不可抗力による事態を、利用者に負担を押し付けて解消しようとするような今回の措置は、利用者と事業者の信頼関係を壊すだけでなく、介護保険制度への国民の信頼を揺るがし、国の責任を放棄するものと言わざるを得ない。

 ◆このような先例を絶対に作ってはならない。直ちに、今回の特例措置(臨時的取り扱い)を撤回し、介護事業所の減収や感染対策にかかる経費等についてこそ、補正予算の予備費を使い、公費で補填するよう、強く求める。

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厚労省の「読み違い」が露呈した6月15日の「Q&A」
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 家族の会の主張は極めて真っ当で、反論の余地が全く見当たりません。厚労省は、そもそも6月1日に、この特例措置を通達したこと自体が「間違いの始まり」ですが、その中でも弊紙が注目したのが、6月15日に通達した「Q&A」です。

 詳細は、弊紙「ビジネス版」6月17日号をご覧頂きたいのですが、その中でも次の2つの項目に弊紙は注目しました。

 ▼Q1=「(6月1日の通達では)利用者への事前の同意が必要」とされているが、サービス提供前に同意を得る必要があるのか?

 ▽A1=同意については、サービス提供前に説明を行った上で得ることが望ましいが、サービス提供前に同意を得ていない場合であっても、給付費請求前までに同意を得られれば(特例措置を)適用して差し支えない。

 ▽例えば6月のサービス提供日が8日・29日である場合、同月の初回サービス提供日である6月8日以前に、同意を得る必要はない。

 ▼Q2=「利用者の同意」は、書面(署名捺印)により行う必要があるか?

 ▽A2=必ずしも書面(署名捺印)による同意確認を得る必要はなく、保険者の判断により柔軟に取り扱われたいが、説明者の氏名・説明内容・説明し同意を得た日時・同意した者の氏名について、記録を残しておくこと。

 この2つの項目を額面通りに解釈すれば「利用者への事前の同意は、必ずしも必要ではない」「利用者の同意は書面でなくても、口頭でのやり取りでも可能」になります。これでは「利用者の同意を得ることを、軽く捉えていないか?」との疑念が生じることになります。

 つまり今回の特例措置の実施では「厚労省には、サービス利用者の立場に立った視点が完全に欠けていた」との指摘を受けても、仕方がないと言えます。厚労省も本来は「なんとか通所系のサービス事業者の皆さんにも加算を……」と考えたのでしょう。

 しかし結果的には、家族の会の会員から「架空請求ではないか?」との指摘を受ける始末になっています。さらに「ケアマネも困っているし、サービス事業者も『利用者にどう説明したら良いか、わからない』と、みんなが困っている」とも言及されています。

 結果的に、この6月15日の通達が「厚労省の読み違いを、公に証明してしまった」と言えるでしょう。介護給付費分科会には構成委員として、家族の会では鎌田事務局長が出席しています。

 家族の会以外にも、通所系サービスを実施している事業者も含め、介護業界の主要な業界団体はほとんど全て参加しています。今回の家族の会の主張を会議の場で聞いて、自らの団体の会員に対し「特例措置を積極的に活用するように」とは通達できないでしょう。

 また一般マスコミも数社、家族の会の主張内容をニュースや紙面で報じています。厚労省が今後、特例措置を正式に撤回するか否かに関わらず、全国の介護事業者はこの特例措置を「利用控え」せざるを得ない状況に進んでいます。

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「利用者の声」が、事態を動かす
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 弊紙発行人は、介護業界の取材を始めてから約6年になりますがこの間、厚労省が正式に出した通達が「撤回」された事例は記憶にありません。仮に今回、正式に「撤回」にまで至らなくても、すでに「事実上の撤回に至った」と判断することもできると思います。

 通常、国(政府)が一度決定したことを覆すのは「政治の力」がない限り困難です。今回は「介護保険の利用者の声」が、家族の会という「組織」を動かし、厚労省をも動かそうとしています。

 特に今回は「新型コロナの感染拡大による影響」という、特殊な事情が背景にあったことは事実ですが、「利用者の声」が事態を動かしたことも事実です。介護給付費分科会では、介護保険サービスの「点数付け」の内容について、議論が交わされます。

 ここで毎回、注目されるのは、介護保険料を含めた社会保障費の伸びをできるだけ抑えたい財務省と、財務省の削減要求をできるだけかわしたい厚労省との闘いです。介護給付費分科会では「厚労省には(財務省に対し)頑張って欲しい」とのエールも聞かれます。

 弊紙が取材した過去2回の介護報酬改定では、最後は「政治決着」して、厚労省が「なんとか踏ん張った」と感じています。裏を返せば、介護給付費分科会でいくら「利用者の声」を訴えても、これまではなかなか「通用しなかった」というのが、弊紙の正直な感想です。

 それが、もしかしたら今回の改定で「特例措置の撤回」の主張の原動力となった「利用者の声」が、介護報酬の改定の議論でも大きな影響力を発揮して「通用する」のではないか──そんな印象を、弊紙は率直に感じています。

◇─[おわりに]─────────

 6月15日の「Q&A」を、弊紙「ビジネス版」6月17日号で報じた時に、「後記」に「『不慮のトラブル』を回避するためにも最低限、利用者も負担増になる点を文書で説明しておいた方が得策と思われます」と書きました。

 お恥ずかしながら、この時点で「この通達は、さすがにまずいな」と感じたものの、まさか家族の会から「撤回要求」が出てくるまでに至るとは、想像もしていませんでした。その意味では、弊紙も「読み違い」をしておりました。

 日本介護新聞本紙「エンドユーザ─版」は「最適な介護を、自分で選ぶための情報紙」を標ぼうしております。その原点に立ち返れば、やはり「ビジネス版」6月17日号の「後記」では「撤回すべき」と主張すべきでした。

 その意味で、家族の会が「利用者の声」を真しに受け止め、厚労省に「撤回」を要求した一連の活動は、弊紙にとって大変勉強になりました。これを機に弊紙も反省して今一度、原点に立ち返って記事を作成し、配信することを心がけてまいります。

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